研究内容

要素技術開発

RUNBA実験に向けた要素技術開発

Recycled Unstable Nuclear Beam Accumulator (RUNBA) 実験を実現するためには、本実験に特化した新しい要素技術を開発する必要がある。当研究室では、綿密なシミュレーションを元に装置を設計・作成し、それらの要素技術の研究開発を行っている。

RUNBAにはERIS(ISOL型不安定核生成分離機構)から出力されるイオンビームを入射するが、入射前にイオンの価数をRUNBAによる加速に適切な価数に変換する必要がある。したがって、1価のイオンを入力し多価イオンに変換して出力する装置(チャージブリーダー)がRUNBA前段に必要となる。近年のチャージブリーダー開発では、Electron Beam Ion Trap (EBIT) と呼ばれるイオン多価化技術が導入されており、この方法では電子ビームによるポテンシャルと、イオン捕獲用電極による静電ポテンシャルを用いてイオンを空間的に捕獲し、電子ビームとの散乱によって捕獲イオンの多価化を進行させる。EBIT型チャージブリーダーはその高い多価化効率が注目され、世界中の不安定核実験施設で開発が行われている。しかし、既存のEBIT型チャージブリーダーでは価数変換効率(入射した1価のイオンを任意の価数に変換し出力する効率)が約20% 程度であり、希少な不安定核を用いた実験に制限をかける要因の一つとなっている。RUNBAでは希少な不安定核を用いた核反応実験の実現を目指しているため、この価数変換効率を限りなく100%に近づける必要がある。

当研究室では、“共鳴取出”という新しいアイディアを用いて、原理的に100%の価数変換効率を実現する共鳴取出型チャージブリーダー(RECB)の研究開発を行っている。RECBはEBIT型のチャージブリーダーであり、捕獲されたイオンが単振動運動をするように静電ポテンシャルをデザインしている。この単振動運動の周波数はイオンの価数と質量の比によって一意に決定される。したがって、要求する価数の周波数と共鳴するように静電ポテンシャルを振動させることによって、共鳴した価数のイオンのみを捕獲領域から取り出すことができる(図1)。また、共鳴しないイオンは捕獲ポテンシャル中に残り、共鳴する価数になった瞬間RECBから取り出されるため、原理的に100%の価数変換効率が実現できる。2020年度に修士学生の研究としてRECB原理実証機の設計、開発を行い(図2)、残留ガスを用いた原理実証実験を行った。その結果、共鳴取出によって特定の価数のみを特異的に出力できることを確認し、RECBの原理実証に成功した。現在は、性能向上に向けた各要素の最適化と、外部からイオンビームを入射するための設備整備を行っている。

図1. 既存のEBIT型チャージブリーダーとRECBの概念図
図2. (a) イオン捕獲用電極。(b)開発したRECB外観図。
電子銃、イオン捕獲用電極、電子ビームコレクタ、イオン検出器は真空チェンバー内に実装されている。

RUNBAに入射されたイオンは周回ごとに薄い炭素標的を通過し、核反応を起こすまで蓄積され続ける。しかし、標的を通り過ぎるたびにイオンのエネルギーは減衰し、またエネルギー分散と角度分散が増加する。エネルギー減衰は高周波加速空洞によって補償が可能だが、それでもエネルギー分散と角度分散の増大によって僅か数ミリ秒でイオンの蓄積は不可能になってしまう。したがって、RUNBAにはエネルギー分散と角度分散の増加を抑制する機構(Energy Dispersion Corrector: EDC, Angle Dispersion Corrector: ADC)が必要不可欠である。EDCとADCによって分散補正を適切に行うためには、RUNBA中における蓄積イオンの時間と空間の情報を知る必要がある。現在の計画では、核反応用の薄い炭素標的をアクティブ標的(IAT)として利用し、蓄積イオンがIATを通過する際に発生する二次電子を検出することで、蓄積イオンの時空間情報を取得する予定である。

IATでは、二次電子の検出方法がその時空間情報の分解能を決定する大きな要素となる。IATの要求性能は、時間分解能が1ナノ秒以下、空間分解能が1ミリメートル以下である。また、IATで情報を得てからEDC、ADCを動作させるまでの正味の時間は約300ナノ秒間しか許されないため、IATによるデータ収集とその信号処理は約100ナノ秒以内に完了させる必要がある。さらに、IATには数MHzのレートで蓄積イオンが通過するため、その高いレートに耐えうる検出器の選定も必要である。現在これらの仕様を全て満たすIATの研究開発を行っている。

RUNBAに蓄積される重イオンは周回ごとにIATを通過し、エネルギー分散が増大していく。このエネルギー分散は、10 MeV/u の12C6+ が物質厚1018 atoms/cm2 の炭素標的を通過した場合、周回当たり約800 eV広がる。この分散増加を抑制するためには、平均より高いエネルギーの蓄積イオンは減速し、逆に低いエネルギーは加速する必要がある。既存のビーム冷却法では、イオンの集団を対象に確率的に冷却を行うため長い冷却時間を要求する場合が多い。したがって、分散抑制なしでは数ミリ秒で蓄積ができなくなるRUNBAに対して既存の技術をそのまま利用することは難しい。

RUNBAは非常に生成数の少ない希少RIを対象としているため、RUNBA内には多くても10個程度の重イオンしか蓄積されない。その場合、一つ一つの蓄積イオンに対してIATを通過する時間が識別できたとすると、その情報を元にしてEDCは各イオンに適切なエネルギー補正を与えることが可能である。計算によると、蓄積イオンごとに周回当たり数十 eV程度のエネルギー補正を与えることで、RUNBAは1秒以上のイオン蓄積を可能とする。現在のEDCの構想は、IATから得られた電気信号を適切な振幅のバイポーラ波形に整形・増幅させ、その電機信号を加速菅に印可することでエネルギー分散を補正する予定である。

EDCがエネルギー分散を補正する装置に対して、ADCはIATを通過するたびに増加する角度分散を補正するための装置である。この角度分散は、10 MeV/u の12C6+ が物質厚1018 atoms/cm2 の炭素標的を通過した場合、周回当たり約200 μrad広がる。EDCと同様に、ADCでも一つ一つの蓄積イオンに対して独立に角度補正を与えられる場合、計算上周回当たり数十μrad の補正量で十分である。

蓄積イオンがIATを通過した位置の情報と、RUNBAのラティスデザインによって決まるビームオプティクスを利用することで、RUNBA内の特定の場所における角度情報を知ることができる。ADCはその角度情報を元に蓄積イオンごとに適切な角度補正を与える。現在の構想では、IATで得られた電子信号を適切な振幅のユニポーラ波形に整形・増幅し、並行平板型のステアラ電極に印可することで角度分散を補正する予定である。

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