研究内容

重イオン蓄積リングによる不安定核研究

極短寿命超稀少不安定核の質量を世界最高速で精密に測る

地上に存在するU(ウラン)やTh(トリウム)など非常に重い元素はいつどこでどのようにして合成されたのか実は良くわかっていない。太陽のような星が生まれ燃え尽きるまでの間、星の中で重元素が合成されることが知られているが、鉄までしか合成されない。それより重い元素の合成過程には様々なモデルが提唱されており、それらを検証して元素合成の謎を解き明かすことは現代原子核研究の大きな課題の一つである。例えばモデルの一つである「r-プロセス」は、中性子性合体や超新星爆発など極限的環境のなかで、ほぼ瞬間的に爆発的な重元素合成が起きる、と説いている。このプロセスには、自然界に存在しない短寿命不安定原子核(稀少RI)が重要な役割を果たしたと考えられているので、これを検証するためには稀少RIの質量を精密に測定することが必須となる。しかし稀少RIはそれを合成することすら非常に難しく、合成されても寿命が極端に短くすぐに崩壊してしまう。このような稀少RIの質量を測定するために、我々は理化学研究所・仁科加速器科学研究センターにRare-RI Ring(R3)という蓄積リングを建設した(図1)。R3を用いて最近図2に示す、Z=28, N=50のダブルマジック領域、またA=120-130のZ=50, N=82の近傍の不安定核の質量測定に取り組んでいる(図2)。核図表のなかでもこれらの領域はマジック数として最重要の領域であり、元素合成プロセスの要となる。

図1
図2

R3に求められた性能は、極々稀に合成される稀少RIの質量測定を生きている時間内(~1/1000秒)に完了し、なおかつ1ppmの測定精度が得られること、である。稀少RIの合成はいつ起きるか分からないので、合成を検出したらそれに同期してR3が起動する世界初の仕組み(セルフトリガー個別入射法)をとっている。つまりこのリングはたった1粒の稀少RIを蓄積するために建設された。しかも運動量が揃っておらず速度もまちまちの稀少RIであっても、同一のRIである限りリングの周回周期が一定になるよう設計している(高精度等時性)。入射された稀少RIはリングを約1800周回して取り出され、入射から取り出しまでの時間を正確に測定することで周回周期がわかり質量を決めることができる。これに要する時間は約0.7msであり、R3は世界で最も高速でしかも高精度で原子核質量を測定するマシンだ。

この世界最高性能を支える技術の一つは、高精度等時性を満たす精密な磁場分布の形成である。R3は収束力を与える4極電磁石を用いず、偏向電磁石のみでイオン光学系を形成する。偏向電磁石のエッジとトリム磁場によって収束発散力を生み出し幅広い運動量領域において精密な等時性閉軌道を作っている(図3)。もう一つの重要技術は、超高速応答キッカー電磁石でありこの技術がセルフトリガー個別入射法を実現した。狙った稀少RIのみを選択的にしかも稀少なRIの発生を逃さず漏れなく入射するためには必須の技術である。イオン自身が上流部で発生させる信号をイオンよりも早くR3に伝達してイオンの到着に同期して入射キッカー磁場を励磁する(図4)。これらの技術により世界最速精密質量測定が実現されている。

図3
図4

稀少な不安定核の核反応研究のためのビームリサイクル技術開発

不安定原子核研究は、より短寿命の原子核へと研究領域を拡大している。これらの研究は不安定原子核の生成能力の向上、すなわち重イオン一次ビーム強度の増強の努力によって支えられている。現在理研RIビームファクトリーはこの能力において世界最高位にあるが、さらにこれを上回るプロジェクトが世界中で進行中である。世界では間もなく一次ビーム強度100kW超の時代が到来する。しかし、ビーム強度増強だけに頼った研究モデルは無限には続かない。なぜなら膨大な消費電力と強烈な放射線量が取り扱えないレベルに到達することが間近に迫っているからである。また、近年の不安定原子核研究においては、核構造研究でも核反応研究にでも、その精密化への要求が高まっている。高精度を目指すには正確に運動量がわかったビームを単一アクションしか起こさない薄い標的との反応研究が不可欠である。こうした要求は特に稀少な不安定核にとっては非常に厳しい。なぜなら多くの不安定核ビームが反応することなく標的を通過し廃棄されるからである。このような無駄を無くし生成した稀少な不安定核を無駄なく有効に使う技術を開発するために蓄積リングを用いたビームリサイクルという概念を提案している。生成した稀少な不安定核を、内部標的を備えた蓄積リングに寿命が許す限り蓄積し、核反応が起きるまで何度でも標的を通過させる。標的通過により発生するエネルギーロスとエネルギーとエミッタンスの分散拡大を抑制する技術を搭載することで、この手法を実現する。これがビームリサイクルである。京大化学研究所(化研)と理化学研究所・仁科加速器科学研究センター(理研仁科)は共同研究としてビームリサイクル技術開発を推進する。この開発研究を実施するため、京都大学化学研究所が所有している我が国に2台しかない研究用重イオン蓄積リングの一つsLSRを理研に移設してR&D機として化研の重イオン蓄積リングsLSR(図1)を活用する。不安定核生成施設を有する理研仁科にsLSRを移設し、RUNBA(Recycled-Unstable-Nuclear Beam Accumulator)として再建設を計画している。RUNBAにより習得した技術に基づき実用機の設計建設を行い、稀少不安定核の精密核反応研究への道を開く。また将来的には不安定核標的を実装することにより、不安定核同士の核反応研究、たとえば不安定核同士の衝突実験でしか到達できない「安定の島」元素合成などへの挑戦を可能にする仕組みへと発展することが期待される。

図1

RUNBAは理研のISOL型不安定核生成分離器(ERIS)に接続し、低エネルギーRIビームを入射蓄積する(図2)。リング内で10MeV/uまで加速することができ、そのエネルギーでの内部標的実験を行う。そのためにはいくつかの新しい要素技術が必要であり、化学研究所ではこれらの要素技術開発を実施しRUNBAに実装する。

  1. 共鳴取出型チャージブリーダー(RECB):ERISからの1価イオンを100%の効率で特定の多価イオンに変換する装置(図3)
  2. 内部標的(IAT):リング内を周回するRIビームと核反応を起こすために実装される標的で、通過するRIイオンビームのモニターとしての機能を合わせ持つアクティブ標的。
  3. エネルギー分散補償装置(EDC):内部標的からの情報を増幅して、標的通過に伴うエネルギー拡散を補正する。
  4. 角度分散補償装置(ADC):内部標的からの情報を取得して標的通過に伴う角度分散(エミッタンス拡大)を補正する。
図2
図3
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